Zoology – 動物学

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きっかけは偶然つけたテレビの番組だった。番組のなかで小さな動物のフィギュアを収集して自分だけの小さな動物園を作っているという人の特集が流れ、少しずつ大きくなっているというその動物園が披露された。作り付けの大きな本棚の一角にちょっとつくられたそれはなかなかに凝ったもので、実在の動物の何分の一かのサイズで作られたフィギュアはとても精巧で、テレビの画面越しでも十分な迫力がありずいぶんと立派なものに見えたものだった。「わたしにとってこれは小さなオアシスみたいなものですね。この小さな動物園を見ているとずいぶんと気が休まって癒されるのですよ」、テレビのなかの女性はそう言って小さく微笑んだ。「もう最近は減ったけれど、いまでもときどき見たことのない動物のフィギュアを目にするとつい財布の紐がゆるんでしまうんです。病気みたいなものですね」

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ぼくたちはその番組を見たあとですっかりそのミニチュアの動物園の話に魅了された。おそらく、その在りようみたいなものに惹かれたんだと思う。実際のところ、ぼくたちは特集が終わったあと互いに黙り込んだまましばらくあてどなくテレビの映像に見入るだけで、動くことさえできないほどだったのだ。たしかにそれはおもしろいアイデアに見えた。日常のすべてを放り出してイサク・ディネセンが描いたアフリカの大地に移住するなんてできないかもしれないけれど、家のなかに小さな動物たちの楽園を作ることくらいならできる。それに何もだれかに見せるわけじゃないから、一度にすべてを完成させる必要だってないのだ。ファースト・フード店が手堅くフランチャイズの店舗を増やして行くみたいに、ひとつひとつ集めながら拡大していけばいい。それはむずかしくないように見えた。

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いまとなってはどちらがはじめに買ってきたかはわからない。たしかなことは次の休日がやってくるまでのあいだに、小さな子羊とカンガルーのフィギュアがぼくたちの家の新しい共同体に加わったということ。その次にグリズリーの親子ときれいな羽を持つオウムが加わるのに時間はかからなかった。ぼくたちは何かあるにつけてそれぞれが独自のいくぶん気の利いたいいわけをして動物たちを増やしていった。(そのためにありもしない二人の記念日が無数に創設されることになったのはいうまでもない)そうして小さな動物のフィギュアは食器が次々と積み重なっていくみたいに着実に、その数を増やしていった。

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ディスプレイのために何かするべきじゃないかしら、と提案したのは彼女だったと思う。そのころにはすでにぼくたちの動物園はひどく肥大化していて手に負えないほどになっていた。そこここで水生動物たちや野鳥たちの憩いの場が形成され、血に飢えたライオンたちが徘徊していた。あきらかに何か変化が必要だった。大きな鉈がふるわれるほどの変化が。それに場所の面でも手狭になってきたという問題もあった。本棚やトイレの一角だけではもう動物たちの居場所が追いつかなくなっていて、先週なんてあやうくキッチンの水回りがワニたちの大群に占拠されてしまいそうになったほどだったのだから。あのころのぼくたちは例えるなら亡くなるまで増改築を続け、迷路のような屋敷を建てたウィンチェスター夫人みたいなものだったのだと思う。悪霊の呪いを払う魔除けのお守りかなにかを集めるみたいに動物たちのフィギュアを収集し、自分たちが抱える日常の問題から目をそらそうとしていた。

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そんなある日、彼女が赤い色がまぶしいオウムのポストカードの額装をどこかで作ってきて、リビングのソファの上に飾った。額装はその場所の雰囲気にぴったりで、これがぼくたちの動物園に新たな可能性を広げることになった。ただ動物のフィギュアを買い漁るのではなく、そこに何かしら意味を持たせること。額装した作品とフィギュアをうまく並べてそこに動物たちの物語りを紡ぐこと。彼女は続いてシマウマの額装を玄関に飾った。そこにはすでにアフリカのサヴァンナよろしくキリンやカバが群れをなして生息していたから、これもぴったりとあてはまった。そして、ぼくたちはこの新しい遊びに取り憑かれたようにはまった。それぞれが新しく作った区画を互いに見せ合い褒め合った。ぼくは恐竜たちのフィギュアを並べ、コナン・ドイルが書いた『ロスト・ワールド』の世界の再現を試みた。この試みは自分でもなかなかうまくいったと思っている。彼女はその間にリビングの片隅にアマゾンのようなジャングルのコーナーを作り、また夜行性動物たちのための小さな区画まで作った。そこは昼間のあいだは照明をすっかり落としておくほどの徹底ぶりだった。ぼくたちはイケアで買ってきた草原みたいなラグをリビングに敷き、ヒョウ柄のストールをそれぞれ巻いて、一緒に並んで座ってテレビを見た。そうしているとほんとうにアフリカのサヴァンナのまんなかにふらりと迷い込んだ気分になったものだった。

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実のところ、そうしたことはいまでは少し落ち着きを見せている。それぞれの場がそれぞれの意味を持ち、ぼくたちの動物園はほとんど完成されたから。でも、ぼくにはもうすでに新たな目論みがある。というか新しい気持ちが芽生え始めている。奇しくもぼくたちを動物園づくりに焚き付けたあのテレビ番組に出ていた女性がいっていたように、見たことのないものを見つけてしまうとついつい手を伸ばして買い求めてしまう自分がいる。彼女のいうようにこれはひとつの病か何かなのだと思う。何という病名かはわからないのだけれど。

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ぼくの新たな計画はこういうものだ。まだ少しだけ残っているリビングの片隅に今度は小さな植物園を作るというもの。この企みによると、まず手始めに植物の博物画を額装したものが飾られ、棚には隙間なくびっしりと鉢植えが並べられることになる。はじめは手間のかからないサボテンやエア・プランツを買うところからはじめようと思っている。きっと彼女もこの計画を喜んでくれると思う。この新たな計画とそれからぼくたちを蝕むこの愛すべき病についても。

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