最近みた映画とか – 天才スピヴェット

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少し前にジャン=ピエール・ジュネ監督の「天才スピヴェット」を借りてきて観たので、
ちょっと感想らしきものを書いてみたいと思います。

かなりネタバレしてます。

ジャン=ピエール・ジュネ監督の作品というと一般的には「アメリ」ということになりそうですが、
個人的には(まあ「エイリアン4」は置いておいて)あまり流行らなかった「ロング・エンゲージメント」が好きだったりします。
だいぶ前に見たので細部は忘れましたが、ラブストーリーなのにサスペンス調だったり、戦争を扱っているのでちょっとグロいシーンがあったり、でも映像はやっぱり地味に美しかったりとありきたりじゃないところがよかったのです。

で、「天才スピヴェット」です。あらすじは弟を銃の事故で亡くした天才少年が、スミソニアン学術協会から発明賞を受賞したという連絡を受けて、ひとりワシントンD.C.へと旅するお話。ジュブナイル的な旅のなかで、弟の死を受け入れて少年から大人になっていくという少年ものによくあるストーリーです。

途中から(ちょっと方向性はちがうけれど)似たような感覚にウェス・アンダーソン監督の「ダージリン急行」があるなあと思って観ていました。あちらは年齢的には大人だけれど、まだどこか大人になりきれていない三兄弟がインドを横断する旅のなかで偉大な父という呪縛から解放されていくという物語でした。父の形見であるヴィトンのスーツケース(父という存在のメタファー)を肌身離さず持ち歩き、旅の最後にスーツケースを捨てるという描写によって、兄弟のあいだで父の死を受け入れて新たな一歩踏み出すことになります。

スピヴェット少年も大陸横断の旅にでるわけですが、
彼が乗り越えなくてはならないものは弟の死です。そして、おそらく弟の死に少年も深く関わっています。
この弟の存在はスピヴェット少年にとって死に別れた半身みたいな存在で、ふたりでひとりというような意味合いの性質を持っているように感じられました。彼は旅の途中でずっとこの片割れとの会話を続けます。そして、終盤のスピーチのシーンがひとつのクライマックスで、彼は語ることによって、兄弟の死をある意味で受け入れて先へと進むことができるようになります。とくに映画のポスターにもなっているスピーチのシーンでは心のなかで「スピヴェットくんがんばれ」的なことをちょっと頭に思い浮かべながら見てました。(たぶんですが、弟の死にあまりに深く関わっていたため、それをどこかで吐き出さないことにはダメだったのだと思いますが、死と向き合うということだけでも大変なことだと思うので、なかなか考えさせられるシーンでした)

感想はここまで、でやっぱり額装家なので額装的な視点で映画を見るわけですが、
この映画でもやはり小道具というか画面のなかにところせましと散りばめられた小物の数々には(前述したウェス・アンダーソン監督の作品同様に)額装のアイデアがたくさん転がっているように感じられました。
スピヴェット少年の母親が昆虫博士なので、昆虫の標本をうまく使っているな、と思いましたし、
3D映像のためだと思いますが、飛び出す絵本みたいなシーンの切り替えとか、キャンピングカー内のハリボテとか、
そういう小物に注意するだけでも十分に面白いところがありました。

もう一度見るときにはスピヴェット少年の心の揺れ具合なんかに注目してみることができたらなと思ったりしています。


2015年07月30日 | Posted in Cinema | タグ: , No Comments » 

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