Encadreur N°6 – kafkaesque(カフカエスク)

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「船を降りるんですか?」
「そうとも、今日にも降りてやる」
「どうしてですか、この船が気に入らないのですか?」
「世の中のものごとってのは、気にいるとか気に入らないとか、ただそれだけで決まるわけではないんだな」

カフカ『失踪者』(池内 紀訳)

個人的にフランツ・カフカの小説というと未完の『城』が最初に思い浮かぶ。測量士のKが仕事で訪れた村で、依頼主のいる城に行こうとするのだけれど、何かの力が働いてどうしても城に辿りつくことができないという不思議な物語。読んでいると遠くに見える城に行けばいいだけなのに、なぜだか主人公は数百ページも進んでも一向にたどり着くことができず、最後にはもう絶対辿りつかないんじゃないかと諦めすら感じてしまう妙なお話でもある(城は物語の始めから見える場所にあるのだ)。カフカの作品にはそんな迷宮にはまり込んでしまったような、難解さがよく出てくる。そしてそんな迷宮にも喩えられるようなわかりにくさはカフカエスク(カフカの謎)と呼ばれたりしている。

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本がテーマということで、こうした不可思議な感じのあるカフカっぽい作品がどうにかして作れないものかな、と思った。置いているだけでちょっと謎めいた迷宮のような趣のある作品。いうは易し行うは難しという感じだけれど、ちょっと挑戦してみるにはいいことだと思った。幸いにも、手元にはフランツ・カフカの名言を記したカードがあったりする。まさに額装としてのカフカエスクに挑戦するときではないか?と思ったりしたわけだ。

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作品を作るのにこれまでの額装的な考え方はいったん捨て去ることにした。普通の作品じゃおもしろくない。何せ作ろうとしているのはあのカフカにちなんだ作品なのだ。パッスパルトゥを作って、45°のカッターでビゾーを作り、カードにあう紙をえらぶ。そうしたやり方が一般的なわけだけど、フランツ・カフカにちなんだ作品なんだから、ちょっとひねったやり方をとりたいと思った。

最初に思いついたのは、額装のなかに迷宮をつくること。迷宮といってもジオラマ的なものをつくるわけじゃないから、迷宮っぽいアクセントをいれられればいい。迷宮のイメージはクレタ島に閉じ込められたミノタウロスの迷宮でもいいかもしれないなと思った。下りの階段があって、どこにたどりつくかわからない不気味な感じ。アリアドネの糸を持ったテーセウスが下りていった穴のような感じ。そして、個人的には色彩はグレーな印象がある。石造りで、カフカの『城』を読んだときにも感じたのだけれど、とにかく灰色な感じ。黒でもなく白でもない。灰色。

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そこでカルトン・グリと呼ばれる灰色のボール紙を素材に選んでみた。今回は階段的なものを作りたかったので、3mm厚のボール紙を何枚か用意してみた。ラフな設計図を描き、ボール紙に垂直の穴を開けてそれを一段ずつずらしていくことで、どこかわからない場所へとつづいているような階段をつくりだすことができそうだと思ったのだ。 そして実際の作業に取り掛かった。穴を開けるのには相当たいへんなところがあった。とくに一番上にくるパッスパルトゥの代わりのカルトン・グリには切り込みをオーバー気味いれるわけにはいかないので、より慎重になる必要があった。こう いう場合はボール紙の裏側からカットしていくときれいに切ることができる。

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作っているうちに、なんだか自分がカフカの作り出した迷宮のようなものに自分から迷い込んでいったような妙な気分を感じた。難しく作れといわれたわけでもないのに、自分から難しいものを作ろうとしてしまう。そう、だれにいわれたわけでもないのに。でも、始めたからにはなんとか作品のかたちにしてみなければと思ってしまう。そしてようやく完成したときにはぐったりとした疲労感とともになんともいえない不思議な感覚が残った。いまならわかるけれど、カフカに関わるということはつまりこういうことなのかもしれない。

 


2015年09月04日 | Posted in Encadreur N°6 | | No Comments » 

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