document hunter – 雑貨屋さんで見つけたポストカード

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先月ですが、足立真人さんの作品展を見にアートハウスさんへ伺ったときに手に入れてきたポストカードです。前にもご紹介したのがありますが、なかなか額装することができないなかで、またカードだけが増えていくという、やっぱり額装家にとって断捨離はむずかしいことなんだという証左みたいなものなのかもしれません。(一応、ことわっておくとそのうちの一点だけこちらで作品にしています)

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見つけてからすぐに額装しないと、初期衝動みたいなものが薄れていく傾向にあるので、できるかぎりはやく額装してしまう、というのが最善の手なのかもしれません。見つけたときはこんな作品に使えるだろうなあ、とかこの技法に合うんじゃないかなという漠然とした予感みたいなものが宿ったりするのですが(そういう予感はたいてい役に立たなくて、結局ちがうテクニックに落ち着いたりしますけれど)、人間手に入れてしまうと怠惰になるというか、だんだん億劫になってきて、重い腰をあげるのが難しくなってしまうというよくある悪い状態になってしまいがちです。そういうとき次に作りたい素材やアイデアに出会うともうダメで、抽斗の奥にしまわれて、ずっと先まで日の目をみないことになってしまうわけです。

そうならないように気をつけなくてはと思います。

とはいえ、ちょっとした言い訳みたいなものですが、そうして抽斗の肥やしにするのも一方ではいいことなんじゃないかなと思うこともあります。二度めの出会いを体験することができることがあるから。作品をつくるのはある種のタイミングや出会い、千載一遇のチャンスみたいなものに寄るところが大きかったりするので、そのとき作品を作れなかったのはタイミングが合わなかったからということができるかもしれません。そして、いずれなにか別のものを作りたいと思ったときに、抽斗のなかにおもしろそうなドキュモンを溜め込んでおくというのも案外悪くないことなんじゃないかなと思ったりもします。そこで二度めの出会いが訪れて、未来の自分が過去の自分に感謝するときがくることもないわけではないですからね。あのときの自分、これを買っていてくれてありがとうみたいな。

本を読んでいてもよく思うのですが、タイミングというのはとても大事なことだったりします。たとえば、マスターピースと呼ばれる世界の名作を若いころに読んで、なんのことやら良さがわからずちんぷんかんぷんだったりしたことは何度も経験があります。あきらかに読むタイミングを間違えていたわけです。あとで年をとって読み返して、ああ〜なるほどそういう意味だったのか!とアルキメデスがお風呂場で叫んだみたいにεὕρηκα(エウレカ、ユリーカ、発見した)!と叫んでみたくなることもあります。逆に、年をとってから読んで、もっとわかいときに出会ってれば、、、という遅きに失したと思うこともありますから、そのタイミングを正確に知ることは、人生が片道切符で一方通行である以上、難しいわけですが。

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今回手に入れたので個人的にお気に入りはこれ。

デリカテッセン!牛や豚たちがおいしそうな料理に姿を変えているという
ちょっとシュールな(でもかわいいからあまりそう感じない)カード。

みているだけでもなにかできそうな感じがしませんか?

額装しやすそう!と思えることはイラストとしてどういう立ち位置にあるのだろう?(つまりそこには未完成な部分、伸び代みたいなものが潜んでいるというわけで)と疑問に思えないこともないですが、なにかできそうと思えることはとても大事なことなんじゃないかなと思います。そこから作られた額装がまた別のなにかに影響を与えることもあるんじゃないかと信じて、初期衝動みたいなものが消えないうちに額装のかたちにしてみたいと思います。

▲追記

デリカテッセンのカードとイケアの裏板を使って額装作品を制作した時の記事は以下です。

part.1

part.2

part.3


2015年07月24日 | Posted in Document | | No Comments » 

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