宇宙の神秘に想いを馳せてみる。

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今回はこのブログを読んでくださっている方にはあまり興味を惹かない話題かもしれません。

ここ最近個人的に宇宙について思いを馳せることが多くなりました。
そんな宇宙事情について、ちょっと書いてみたいと思います。
最後には宇宙から額装まで話題をつなげられるとよいのですが。

昔から人類の進化の歴史とか遺伝子についてとかに興味がありました。
そういう学部に所属していたとかではなくて、たんにSFが好きだったり、
哲学的にぼくたち人類がどこから来て、どこへ向かうのかみたいなテーマが好きだったりするからです。

まず宇宙の前に、ぼくたち人類のことから話をはじめましょう。
これは最近ネットを見て知ったことなのですが、
アフリカ人を除く全ての現生人類は、ネアンデルタール人の遺伝子を平均で2%持っていた、というもの。

これまではネアンデルタール人と現生人類はつながりがないというのが定説でした。

たしか以前読んだ本では、ホモサピエンス(私たち人類の祖先)とネアンデルタール人は遺伝的にちがう種族であり(ホモサピエンスとネアンデルタール人が遺伝的に分岐したのはいくつかの種を遡ったところでなので、遺伝的につながりはないとされてきたのです)同時代に生きていたこともあるけれど、二つの種族が交わることはなく、ホモサピエンスによってネアンデルタール人は滅ぼされた、みたいな説が一般的でした。(僕もずっとその話を信じていました。人類の排他的な性質はそんな過去の遺伝的積み重ねから来ているんじゃないかと思っていました)

でも、僕たちの遺伝子のなかにネアンデルタール人の遺伝子が含まれていて、
ネアンデルタール人はぼくらホモサピエンスより脳みそが大きいとされていたり、
壁画に絵を描く文化をもっていたりしたことがだんだんわかってきて、
人類はほかの種族と共生してきた歴史があるんだなあ、と考えをちょっと
改めなくちゃならないなということに至りました。

そんな人類の起源についての謎が少しずつ解明されていくと、
どうもぼくの心は地球の成り立ちや宇宙の成り立ちについてみたいなものへと自然と向かうようです。
生命はどこで誕生して、どこへいくのか?
そういう(まあ生きていくうえではどうでもいい)ことを考えるのがたのしくなってきます。

で、今年の初めごろこういう記事があって、またしても心がちょっと踊ったりしました。
火星と木星のあいだにあるケレスという準惑星でNASAの探査船が光の反射のようなものを捉えたというもの。
この星からは2014年に水蒸気みたいなものも観察されていて、生命が生まれていてもおかしくないな、という感じがあったりもします。

個人的に生命の祖先は地球で生まれたのではなくて、
遠い宇宙から隕石みたいなものに乗ってやってきたんじゃないかと思ってたりします。
正しいとか正しくないとかではなく、そういう説が好きというだけですが。
ずっと昔、別の星で生まれた生命が、その惑星の終わり(超新星爆発と呼ばれるもの)とともに星の残骸が広大な虚無の宇宙空間を漂い、そしてさまよい、その果てに地球という星に辿りついたのだとしたら、すごくロマンがあるというか、自分たちのまわりのものもすべて遠い宇宙とつながりがあるような気になって、愛おしく思えたりするかもしれない、と思うのです。例えばもしこの先地球が終わりを迎えることがあっても、生命の遺伝子はまた隕石とか星の残骸とかに乗って、どこか別の惑星まで旅をして、そこでまた種を反映させる、みたいな考えにつなげると、ぼくたちはいわゆる流浪の民みたいな存在で、人類というのはたんにその長い長い連鎖のあいだにあるひとつのつなぎ目みたいなものに過ぎないのかもな、と思えたりもするのです。

あくまで想像上のイメージですけれど。

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この話題をネットで見て以来、ちょっと思い出して学生時代に読んだことのあるJ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」を探して再読しました。

これはもっと科学が進んだ時代に月面でルナリアンという人類にそっくりの存在を発見したことから、人類の起源について調べていくSFの傑作です。SF小説なので、もちろんフィクションなのですが、科学的に謎を解明していくところはとてもスリリングで、本当にそういうことがありえるんじゃないかと思ってしまうリアリティもちょっとあります。学生のころはシリーズ一作目の「星を継ぐもの」だけしか読んでいなかったのですが、今回は続編も集めて少しずつ読んでいます。

こうした自分たちがどこからきて、どこへいくのかというようなミステリー的に捉える考え方はけっこういろんなことに役に立つんじゃないかなと思っています。僕たちの人類が最終系ではなく、何かからメッセージのようなものを伝えられていて、それを別の世界へと伝えていく使命みたいなものがある、と考えると自分にもなんだかやるべきことがあるんじゃないのかな、と思えたりもします。まあそこまで固く考えなくてもいいですけれど。

ちょっと見方を変えると、たとえばあるアーティストの楽曲がどういう音楽の歴史のなかから生まれてきて、その曲がどういう影響を後世のミュージシャンたちに与えたのか、というような起源(ルーツ)と影響を与えたものについてをセットで考えると、ものの見方、視座のようなものがずいぶんと変わる気がします。現在に目線を向けているんだけれど、同時に過去と未来についても思いを馳せる、というわけです。

額装の作品を見るときにも(ようやく額装につなげられました)、その作品がどういう素材から成り立っているのか、とかその技法や考え方はほかにどういうものにも役に立つのか、とか作品の内側と外周にあるものもセットで考えると、タイムラインみたいなものが作品の前後に現れて、より多角的に作品を鑑賞することができるようになったりします。

たしかローリング・ストーンズのキース・リチャーズが、自分の役目はオリジナルなものを作るのではなく、自分の先達が教えてくれたことを次の世代に伝えていくことだ、みたいな内容のことをいっていたのですが(ずっと昔に聞いた話なのでどういう文脈で話していたか知りませんが)、たいていの物事は何かの影響を受けているし、その物事は別の何かに影響を与えていたりします。額装を作るときにも、その作品がどういうものから作られて、それがどうした影響を与えるか、みたいなことを考えると、ちょっと額装とかかわる世界を広げることができるヒントになるような気がします。

自分が作った作品のヒストリーというか、その作品がどこからきてそれが次の作品にどう影響していくのか、というようなことをちょっと頭に思い浮かべてみると、次の作品について思いつく何かのきっかけになるかもしれません。

人類や宇宙の歴史から、無理やり額装の話に持って行きましたが、世の中の事象というものはたいてい同じような成り立ちをしていますし、そうした考え方みたいなものは応用が効くと思うので、興味があったらこの考えみたいなものを額装に利用してみてください。


2015年07月16日 | Posted in Book | タグ: , , , No Comments » 

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