avant // apres – 雑貨屋にて

DSC00913

雑貨屋の店先に並べられたフライヤーの一角を見ると捨て猫を見つけたみたいについ手を伸ばしてしまう。はがきに書かれた作品展に行くわけじゃないのに、なぜなのか私自身よくわからないのだけれど、無意識のうちに手に取っている。たぶん、はじめはデザインが気に入ってとか、上質の紙の手触りに惹かれてということが理由だったのだと思うのだけど、いまではそれだけが理由とは思えないところがあって、気づいたらよくわからないフライヤーを持ち帰っていることをあとで気づいたりする。

DSC00440

そんなわけで、いま私の目の前にはどこで手にしたか憶えてもいない3枚の作品展の案内状が並んでいる。どれももうすっかり宣伝の期限をすぎたものだけど、3枚とも見ているだけでうっとりしてしまうほど個性的なデザインで、外国製の上質なポストカードを思わせる厚い紙に印刷されてあり、手触りだけでも優雅な気分を味わうことができる。いったいどれほどの時間と情熱がこれらのカードに注がれたのだろう? でも、その情熱もいまではすっかり意味をなさなくて、少なくとも見た目はただの紙切れとなってしまった。

DSC01371

私はそんなこの世界の非情な現実のことを思いながら、テーブルに並べられた3枚のカードを眺めみる。しばらくしておもむろにそのうちの1枚を選び出して、コーヒーを飲みながらゆっくり額装に取りかかる。残りのカードもそのままということはなくいずれ作品にするつもりだけど、いまはこの1枚に集中する。私はこれまでも集めてきたフライヤーを何らかのかたちでリサイクルしてきた。といっても、それは本来ならずいぶんと厚かましい考えなのかもしれない。このフライヤーを作った人たちはそもそもそんな風に使われることを望んでいたわけじゃないだろうから。でも、丁寧に額装して、部屋のディスプレイに使うことができれば、この価値をなくしたカードたちに新たな使命を与えることができるのではないか、と私は思うことにしている。ゴミ捨て場へと向かう運命から救い出すのもそう悪いことじゃないんだと思って。  額装のテーマはいつだってシンプルにすることを心がけている。今回は写真用のフレームについていた白いマットを使って、ちょっとだけ高さを出して、カードを浮いた感じにしてみることにした。色数の少ないナチュラルなカードのイメージをそのままに仕上げたというわけ。完成した作品はリビングの棚に飾ろうと思っている。そこならもうどこかに捨てられることはないだろうから。

DSC00931 (1)

その夜、私はベッドのなかでいまもどこかで死のさだめにふるえているフライヤーたちのことを思う。フライヤー業界は生き残りの競争がはげしいもので、今日もどこかでまた多くの新人のフライヤーたちが産声を上げ、この世界へと続く門戸を叩いている。ベテランのよれよれになったフライヤーたちはそうした表面のつるりとした新入りたちに場を押し出されるようにいなくなっていくけど、これは何も彼らが悪いわけじゃない。たんにこの世界が誰かに手にしてもらえるかもらえないかの声なき戦場というだけ。たぶん、私は次の休みも街へと繰り出すと思う。雑貨屋のテーブルの上でいまにもはじき出されそうな古参のフライヤーたちを救い出すために。


関連記事